皆さんは、お子さんの教育について、どのように考えていますか。
自分の子どもをどう育てたらいいのか――これは本当に難しい問いだと感じます。
私には4歳と0歳の子どもがいます。
日々の成長を嬉しく思う一方で、この子たちを”ちゃんと”育てられているのか不安に思うこともあります。
別に学力をとにかく伸ばしてすごくいい大学に行ってほしいとか、プロのスポーツ選手になってほしいと思っているわけではないんです。
ただ、社会の中で自力で生活していける人になってほしい。
でも、それって具体的にどんな能力を身につければわからない
そこでいろいろ調べてみたところ、腑に落ちる話がいくつも見つかりました。
共通して語られていたテーマは、「非認知能力」でした。
そこで今回は非認知能力の育み方を考えていきます。
- なぜ今、非認知能力が必要なのか
- 能力の構造はどうなっているのか
- 親は具体的に何をすればいいのか
この3つの観点で整理してみます。
なぜ今「非認知能力」が必要なのか
かつては「偏差値が高ければ幸せになれる」という考え方が、ある程度は通用していました。勉強して、いい大学に入って、いい会社に就職し、長年勤めて不自由のない給料をもらって暮らしていくというシナリオです。
しかし今、その方程式は崩れています。
IQや学歴は、テストの成績や進学先とは関係しても、将来の年収や幸福度、社会での成功までは説明できないことが分かってきました。
近年は「大学には合格できるが、社会で生きていく力が弱い子どもたち」を多くなってきたそうです。
正解のある問題ばかり解いてきた結果、
自分で考える
正解のない状況で動く
他人と協力する
といった力が育っていなかったのです。
BUCA社会と呼ばれるように不確実性が高く、AIが急速に普及するこれからの時代、人間に求められるのは「正解を出す力」ではありません。
正解のない問いに向き合い、他者と関係をつくりながら進んでいく力――これこそが非認知能力です。
「2種類の学力」という考え方
印象的だったのが、学力を2つに分けて考える視点です。
① 基盤の力(道具としての学力)
読み・書き・計算といった基礎学力は、将来の選択肢を広げるための「道具」です。
これは好き嫌いで判断するものではなく、歯磨きのように習慣として淡々と身につけるもの。
「やりたいかどうか」ではなく、「やるかやらないか」で管理する。
この割り切りは、親にとっても大切だと感じました。
② 思考力・没頭力(エネルギーとしての力)
一方で、社会で生きていく力の源になるのが、没頭する体験です。
虫取りでも、歴史でも、ブロック遊びでもいい。
何かに夢中になる経験そのものが、思考力ややり抜く力を育てる。
面白いのは、
非認知能力が高まると、結果的に学力(認知能力)も伸びる
という点です。
順番は「勉強→思考力」ではなく、「没頭→思考力→学力」なのだと、腑に落ちました。
非認知能力を育てる、具体的な関わり方
子どもへの関わり:遊びと没頭を守る
外遊びは、最強の教材です。
自然の中には正解がなく、適度な危険があり、自分で考えないと遊びが成立しません。
また、大人から見て「意味がなさそう」なことでも、子どもが夢中になっているなら止めない。
消しゴムのカス集めでも、石拾いでも、その没頭が後の集中力や専門性につながります。
親の役割:環境を整えること
動画を通して一貫していたのは、
「親が直接教え込む必要はない」というメッセージでした。
特に印象的だったのは、
- 母親がニコニコしていることが、子どもの安心感の土台になる
- 父親の最重要な仕事は、妻の話を聞き、支えること
という点です。
子どもをどうするか以前に、家庭の空気が整っているかが問われているのだと感じます。
失敗したときは叱るのではなく、
「次はどうすればいいかな?」と考えを広げる声かけをする。
そして兄弟がいる場合は、1日5分でいいから、その子だけを徹底的に愛する時間をつくる。
どれも派手ではありませんが、続けるほど効いてくる関わり方だと思いました。
まとめ:これからの時代の「エリート」とは
これからのエリートとは、偏差値の高い大学を出た人ではありません。
自分の内側に物差しを持ち、正解のない状況でも動ける人です。
親にできることは、
何かを先回りして教えることではなく、
子どもが没頭できる環境と、安心して戻ってこられる家庭をつくること。
「どう育てればいいのか分からない」という不安は、完全には消えません。
それでも、没頭を邪魔しないことだけは、意識していこうと思います。
