さらさら流る

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私の自宅は川の近くにある。

というのも、広島は川の水に流された砂が堆積してできた三角州上にできた街であるため、至る所に川が流れている。

川の両側は遊歩道や公園が整備されていて、老夫婦がゆったりと歩いていたり、子供達がボール遊びをしていたりと、思い思いの時間を過ごしている。私も川の流れる音や風景が好きで、週に何度かは川のほとりを散歩している。

毎日の様子を見ていると、川は色々な表情があることがわかる。晴れた昼間の川はさらさらと心地良い音がしていて朗らかな気分になるし、雨が降れば水面が波打ち一瞬にして荒々しいものになる。

夜の川は街の明かりが反射して幻想的だが、灯りの少ない暗闇の中を流れる夜の川の音は不気味だ。

柚木麻子さんの「さらさら流る」ある写真の「流出」をそんな川に例えて描いている。

主人公の菫は、大学生のころ、サークルの飲み会の後、光晴と一緒に寄り道をしながら帰ることに。東京オリンピック前に作られた、暗渠に詳しい光晴に誘われるがままに二人で暗渠を巡った。それは、二人にとって忘れられない一日だった。そんなかけがえのない経験から始まった恋であったが、その思い出にも二人の間で微妙なズレがあった。

お互いに社会人となり、会う頻度が少なくなって、そのズレは気付かないうちに次第に大きくなっていく。

ある夜、なんとかして繋ぎ止めたい菫は、光晴に要求されるがままに裸の写真を撮ることを許してしまう。しかし、その溝は埋まることはなく、二人は別れてしまう。

数年たったある日、広告のモデルに怪しい噂が立ち、ネットで調べているとき、ふと自分の裸の写真をネット上で発見してしまう。

なぜ、いつから、どのくらい広がっているのか、それは暗闇の中を流れている川のように不気味で、つかみ所がない。でも確実に流れ続けている。

もしかしたらすでに広まっていて、みんなこの写真を見て、自分のことをそういう視線で見ているのではないか、そんな不安で、誰も信用できず、足下をすくわれそうになる。

そんな絶望的な状態が少しずつ立ち上がっていく物語だ。

時間は川の流れのように流れていく。その流れ方は時に穏やかに、時に荒々しく、時事刻々と変化している。

どうしようもなく辛いことがあった時、もうだめだと枯れてしまいそうになってしまうけれど、ほんのすこしでも流れているといつかは大河にたどり着くことができる。

途切れることのない流れ、それは一見弱々しく見えるが、強いエネルギーが存在している。

 

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